スマイルドーナッツのテキトーなサブブログ

テキトーなサブブログ。1つの記事でいろんな事いってるので内容に纏まりはありません。

90(▪️絶対音感の研究▪️表現の自由を考えなおすチャンス?)

▪️絶対音感の研究

https://univ-journal.jp/27353/?show_more=1

さんざん言われてきたが、まあそうだよねーて話。聞いた音を別の音と比較しないで「ドレミ」などの音名を判別できる能力の定義では、音を左脳で言語処理していることが分かった(?)この能力を持っていると、半音単位で個々の音を判別している人は多いのだろう。

楽曲においては、相対的に音を暗記した方がエピソードとして記憶しやすい。だとすれば絶対音感のように、個々の音を判別してしまうことが、ワーキングメモリの観点で暗記の邪魔になるかもね。

結局、絶対音感相対音感のシングルタスクを切り替えするなら、基準音だけ暗記して後は相対音感でいいのでは?つまり、音楽をしらない普通の人の楽曲の暗記の仕方が、一番効率的に思う。

 

▪️表現の自由を考えなおすチャンス?

21条の問題が話題だが、芸術祭の作品内容の是非が問われている。簡単にいうなら

「税金を払っているのだからなにをやってもいいわけではない」

「なにをやってもいいわけではない、という主張は違反」

という二項対立です。

今回はビデオニュースをみて気になった事を抜粋します。そもそも、文化芸術信仰基本法から文化芸術基本法の改正の問題がある。個人的にはこの解釈によって、法的な是非が異なる事を考えた方がよいと思う。それでも、脅迫を是とするのは、脅迫行為を勇気づけて後に明確な悪影響を及ぼすので、駄目という主張には賛成です。

さて、古典派の見せ物や宗教は、19世紀から自由な表現の売買が始まり、娯楽とアートに分岐した。

アートと名前がついていてもアートではないものもある。その中でも、1990年代後半からリレーショナルアートのような、製作段階における人と関係性を重視する動きのように、線引きが難しいものもある。(パブリックアートについてはみんな知ってると思うので割愛)

正直今回の問題は、法解釈、憲法解釈、アートの定義、によって主張が変わるレベル問題ですが、少なくともその複雑性を理解するチャンスになったのは確かです。