スマイルドーナッツのテキトーなサブブログ

テキトーなサブブログ。1つの記事でいろんな事いってるので内容に纏まりはありません。

63(▪️パフォーマンスにおいて偶発性を楽しむということ▪️見巧者になるために)

▪️偶発性を楽しむということ

パフォーマンスにおいて、演技を作り込まずに観客とパフォーマンスを作り上げることは、偶発性を楽しむ勇気であるとも言える。作り込んだ演技では、演者も観客も完成度を重視してしまうから、偶発性が楽しみにくい。もちろん作り込んだ演技は尊いものだが。

 

▪️見巧者になるために

多くの人に受け入れられるパフォーマンスは、雛型ができており、練習して技術を身につけたら、その技術を並べかえるだけの簡単なものだ。それらはエンタメとしては尊いが、アートとしては価値が低い。しかし俺はエンタメにもアートの側面が必要だと思ってる。アート側面のないエンタメは簡単に代替可能だからだ。

俺はアートとして価値の高いものは、

・本質的に代替の難しいもの

・新規性の高いもの

・生産者から見た圧倒的なこだわり

の3つだと思ってる。本当は上記のような価値のあるものを提供したいのだが、俺からすると評価の高いものほど、大衆の評価は低い。

色んな人の感想を聞く限りだと、過去の記憶から踏襲されないレベルの新規性の高さは、得体のしれないものであり、そこが不安に繋がるのではないかと推測する。また、代替の難しさやこだわりは、判別不能なのかもしれない。

大衆に自覚はないのかもしれないが、典型的な商業主義のお決まりパターンを、多くの人は望んでいる。しかし見巧者という言葉があるように、なにかを楽しむにも練習が必要で、意識空っぽの哲学的ゾンビにならないよう、精進が必要だ。俺もまだまだ未熟。解像度を上げなければ。