スマイルドーナッツのテキトーなサブブログ

テキトーなサブブログ。1つの記事でいろんな事いってるので内容に纏まりはありません。

61(▪️クロノタイプ▪️社会とは何なのか▪️ソクラテスの無知の知▪️フィクションのなかで生きてます)

▪️クロノタイプ

成人の3割が夜型(睡眠)のクロノタイプを持つと言われているが、この型の人はそもそも朝起きることに向いていない。メラトニン分泌を利用したサーカディアンリズムの調整を努力と言われることは多いが、夜型のクロノタイプほど調整が難しい。

 

▪️社会とは何なのか

俺は社会を知らない事を馬鹿にされることがある。そもそも社会とはなんなのかと尋ねると「社会に出てみれば分かる」と。

帰納的推論は、情報を単一の入手経路に依存させると、成立しにくくなる。前述の社会とは個人が認知しているため、多くの認知バイアスが働く上に、抽象性が高く複数の社会が存在するとも言えることから、推論が難しい。

しかしながら推論をする気がないこともある。例えば市場原理を1つとっても「努力が足りない」と、あしらわれてしまうことがある。努力は市場原理の要素の1つにすぎないのだが。

 

▪️無知の知

これは皆さん知ってることだと思うが、ソクラテス無知の知とは、自分が無知(不知)であるということを知っているという姿勢そのものだ。ソクラテス以前は万物の根源を探求し、それを知るものを知者と呼んでいた。皮肉にもソクラテスは、この姿勢への反発によって殺されたとも言える。

さて、現代においても自分が無知であると気づかない人はいるが、ダニングクルーガー効果のように、無知ほど自分は知っていると思いがちである。

また、悲しいことに、この無知の知の姿勢は恥であり、議論の場に相応しくないと考える者もいる。あるいは、ただ馬鹿にしたいだけかもしれない。

そもそも、人間は恥にまみれて生きているもので、恥にまみれる勇気に敬意は払わないのか。

 

▪️フィクションの中で生きてます

俺はあんま現実を生きてるって自覚がない。というよりも自分の作ったフィクションの中で生きてるから、現実というのがよくわからない。デイドリーマーや解離性障害つーと言い過ぎだが、ある程度は誰にでもあることだと思ってる。

さっき見たアニメのEDで「この世は嘘だらけ」って歌詞があったが、誰でもそんなこと分ってるはずなのに、現実にはフィクションが蔓延っているということを、頑なに認めない人もいる。

フィクションに臨場感を感じることは、人のシステム上可能だ。フィクションがコンフォートゾーンになれば、フィクションに引っ張られて、フィクションが現実になる。

だから自分の作ったフィクションの中で生きることは全然問題ない。