スマイルドーナッツのテキトーなサブブログ

テキトーなサブブログ。1つの記事でいろんな事いってるので内容に纏まりはありません。

96(▪️人それぞれ、できないことがあると知って欲しい▪️僕のできないこと)

▪️人それぞれ、できないことがあると知って欲しい

今日YouTubeで、確定申告ができない人の動画を見ました。法の下の平等(憲法14条)から、法律は誰でも守れる法として機能したほうがいいです。税申告をしない罪ように、能動的に動けないことに対する罪が重過ぎるというのは、気持ちの上で同意できます。

 

ギフテッド(Gifted)が有名ですが、

常識的に誰にもできないことができるのに、

常識的に誰でもできることができない人がいます。

 

足のない人に「頑張って歩け!」といっても歩けないように、

「選び好みしてるから仕事ができない」といっても、パンの上にジャムを乗っける単純作業すらできない人もいます。

他人の気持ちは基本的に理解できないものですが、「一見わかりにくいが、常識的に誰でもできることができない人」がいることを、知って欲しいと思っています。

 

▪️僕のできないこと

僕は高校生まで、宿題を終わらせたことが一度もありません。宿題というのが、なんなのか分からないので、今学生のころの「宿題をやれ」と言われても、まずできないでしょう。

思えば宿題忘れで、毎回最後まで廊下に立たされていたのは、僕だけでした。宿題の度に「怠け者!」と言われていたので、当時は自分が怠け者なんだと思っていました。

 

しかし、僕は宿題をやるための努力を怠ったことはありません。手に「宿題」と油性ペンで書いたり、常に宿題を持ち歩いたりするなど、様々な解決策を試しましたが、解決したことはありません。

結局それは努力ではなく、徒労だったのですが。

今だから言えますが、基本的に僕は「やらなければならない(have to)」と思ってしまったら、義務のあるなしに関わらず、できません。

無理にやろうとすると気絶してしまうので、不可能です。

実行機能障害な気もしますが、「病院にいかなければならない」と思った時点で行けなくなるので、障害の診断もできません。酷いときは、「病院にいかなければならない」というストレスで、内科に救急搬送されます。自爆です。

 

これが僕にとっての普通です。

高校生くらいまでは、朝起きてからほとんどすべての時間気絶していたので、もはや何も分からないパッパラパーでした。

このことから想像力がなかったので、宿題も、みんな凄い工夫や努力をしているのだろうと思うしかありませんでした。

 

でも違いました。

僕がおかしいだけでした。

 

もうどうしよもないので、

今は「できないことはできない!」とはっきり言うようにしてます。

 

他にも、単純作業は全くできません。僕は運動制御の能力が高いので、パンの上にジャムを乗っけるような精密な単純作業(?)が得意と勘違いされます。実際には、作業をはじめた瞬間に意識が遠のいて、酷いときは他のことも含めて丸一日なにもできなくなります。

できない理由は「単純作業をやらなければならない」と考えてしまうからですが、自分で言ってて意味不明です。

 

一度「やらなければならない(have to)」と思ってしまったら、それを忘れるまでできないので、できるようになるまで、基本的に何年もかかります。

少し前の話ですが、枕(まくら)がなくなってから、「枕を購入しなければならない」と思った後に、枕を購入するまで3年かかりました。めっちゃ枕が必要だし欲しかったのに。

 

※「やると決めた」を「やらなければならない(have to)」に訂正しました。このほうが伝わりやすいですが、実際には「やると決めた」瞬間にできなくなることが、ほとんどです。重症です。

 

多分僕みたいな人はいると思います。我慢している人は「できないことはできない!」と主張しましょう。

95(▪️マスコミの印象操作▪️悪名は無名に勝る▪️きれいごとを言わなくてもよい世界になるまで)

大好きな仲間たちに、笑顔の輪を広げたい(*^o^)/\(^-^*) 実は僕の主張って、一言でまとめるとそんくらいなのです。

 

▪️マスコミの印象操作

少し前、N国党の立花さんが書類送検されたと報じられました。いわく、5回被疑者になって1度も起訴されていないとの事です。

本人も言っていましたが、マスコミは書類送検と報道しますが、書類送検は警察が案件を着手したら、検察にいくときに100%されるものです。むしろ、されない方が問題なのです。

繰り返しになりますが、警察は法律に詳しくないので「書類送検?じゃあまだ法的にはほとんど分からんね!」ってレベルの話なんです。

不起訴処分を報道しないことで、あたかも罪人のように下手あげる。被疑者を容疑者と呼ぶのもネガティブな印象操作の一環でしょう。

非常に姑息で恐ろしい話ですが、この程度で民意が操作されてしまうのは、もっと恐ろしい話です。

 

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引用:https://keiji-pro.com/columns/45/

 

ちなみにN国は例として挙げただけで、支持者ではございません笑

立花さんは直接民主主義を今よりマシ、と考えているのかもしれませんが、今のところ判断を下すのは難しいでしょう。

 

▪️きれいごとを言わなくてもよい世界になるまで

マスコミの都合のいいように切り取られた文章で、民意が印象操作されるといっても、みんなもっと深読みしているものだと思っていました。しかし、色んな人と社会について話すと、印象操作されるというレベルですらなく、つぶやきに条件反射するだけの、自動機械(bot)のような吹き上がりが多いことに気づいてしまいました。そんな生き方はきっと、楽だけど楽しくはないでしょう。

 

非常に情けないですが、勇気を持って真面目な話をしてこなかったから、気づくのが大分遅れてしまいました。ホピュ(ラ)リズム(mass opportunism)だと考えていましたが、それどころじゃないかもしれません。

まずは処理流暢性を高めていないか、常に疑う。更に一見して常識を疑うだけでなく、その複雑性を理解すること。社会というのは非常に複雑ですから、再帰性の増大を是としていく必要があります。

 

悪名は無名に勝るとは言ったもんですが、私も本格的に知名度を上げていかなければなりませんね。だから今回みたいなヤバい文章も、戦略的にちょくちょく入れていきます。

私は、私と私の仲間が、楽しくて生きやすい世の中にしていきたいので、きれいごとを訴え続けます。きれいごとを、言わなくてもよい世界になるまで。

 

94(▪️逆張りは慎重に!▪️典型的なエセ科学批判について▪️実質賃金とはなんなのか)

今日は久しぶりのテキトー雑談です😎😎😎つーか随筆?

逆張りは慎重にやりましょう!がテーマの簡単な記事なので、のんびり読んでね😋

 

▪️典型的なエセ科学批判について

スピリチュアルにおける量子論解釈は、学問と呼ぶのは難しい、という典型的なエセ科学批判があります。

「粒子を顕微鏡で見たら粒子の形をしているが、顕微鏡で見ていないときに粒子の形をしているとは限らない。」という考え方もありますが、まずは常識を疑うことは重要です。

しかし「思考が現実になる」のような、思いが波動として伝わるという話が、量子論を担保に広がっていることを考えると、常識を疑ってエセ科学にハマるのは危険です。

そもそもコペンハーゲン解釈多世界解釈パイロット波理論のような、3つの解釈は、あくまでも解釈です。

例えばコペンハーゲン解釈において、波動関数を観測しようとすると、波が消失しますが、量子デコヒーレンスが起こる条件のように分かっていないことが多すぎるのです。

基本的にエセ科学は、ビジネスの範疇なので、本当に科学なのかを見極める必要があります。

 

▼でも見極めるのは難しいよね

前立腺疾患の治療では、テレビよりもYouTubeの方が、信憑性の高い情報が多いという研究結果を見たことがありますが、実際に見極めるには、YouTubeでは難しいかもしれません。

統計はメタ分析であっても、なんとも言えないものがありますし、ジャンルによっても大きく異なります。実際、基礎研究の論文の多くは、文章の整合性を重視して審査することが多いですから、その画像は本当にエビデンスになんの?という微妙なものもありますよね。

最後に1つ、最近流行りの事例を挙げて、考えてみましょう。

 

▪️例①・・・実質賃金とはなんなのか

最近の話題で、「名目賃金が増えても、実質賃金が減っている。だから実際には、多くの人が貧しくなっているのだ!」という発言があります。。

賃金が上昇しても、物価がそれ以上に上昇したら貧しくなる、という意味で一見常識を疑っています。しかし、そんなテキトーでいいのでしょうか。そもそも実質賃金とはなんなのでしょう。

実質賃金指数=名目賃金指数/消費者物価指数

で計算されます。消費者物価指数は皆さんご存じだと思うので割愛します。以下に問題点を記載します。

①賃金指数は平均であり、母数に雇用の増加が加わると、なんらかのバイアスがかかる。

②基本的に批判に用いられるデータは厚生労働省のものであり、

厚労省データでは「常用労働者5人以上の事業所」、

国税庁では「従業員1人以上の事業所」とある。

私は専門家ではないので、実質賃金に下方バイアスがかかっているかは、判断できません。しかし多くの人が、実質賃金の低下=貧困化と絶対視している状況は危険です。

 

人文科学において、再現性を担保としない研究は、確からしさを重視することもありますから、更に難解さを極めます。私も間違いだらけですが、日々訂正を重ねながら学び続けるしかないのです。

 

 

 

93(▪️計画ありきの都市デザイン▪️自閉症の方の記憶形成)

▪️計画ありきの都市デザイン

都市計画において、計画ありきの都市デザインは、土地に残る個性を潰してしまうことがある。UR都市機構を筆頭に、ニュータウンが林立されたが、実際には画一的なベットタウンばかりだ。

共同体レベルでは、個性を潰した町は代替可能で、緩やかな衰退に向かう。代替の難しい都市デザインは、長い年月をかけて土地に根付いた文化を踏襲するものだ。

個人レベルでは、家は買った時点で負債になる。だからこの場所に家を立てたい、というポジティブな理由が必要だ。

 

もちろん横浜みなとみらいのように

▪️観光・港町というブランド戦略

▪️関内と横浜繁華街を接続するという目的

▪️高層建築のスカイライン

など、大規模計画であれば計画ありきの都市であっても、個性を確立した成功例はある。

この場合は比較として、神戸の失敗についても語らなければならないが、またの機会に。

 

▪️自閉症の方の記憶形成

自閉症の方いわく、「みなさんの記憶は線で繋がっているが、私は点で散らばっており、話すときにそれを拾い集めている」という話を聞いた。

重度自閉症の方であっても、衣装を変えた僕の顔をしっかりと覚えて下さっていることが多い。そこらへんの記憶力(顔認識ニューロンを介するものなど)は僕より遥かに高いのではないかと思う。

さて、彼らが知覚する世界は、VRの体験デバイスでは知覚過敏ばかりが再現されていまうが、記憶方式に関しては再現が難しい。

そもそも我々は受動意識仮説のように、エピソード記憶の中で、感情のラベル付けがされる。しかしこのタイプの重度自閉症の方は、エピソード記憶が弱いため、何らかの記憶方式を強めている可能性がある。

この場合、時間感覚は我々と全く異なることもあるが、量子論観測における意識の問題に関係するのではないか(詳しい人教えて下さい)

感覚が大きく違うはずなのに、昔から僕は健常者より彼らに共感してしまう。それは何故だろうと考えていた。DSM5に定義されるニューロマイノリティーは、未規定性に誘惑され抗えない。それが本質ではないか。